タイトル | リエンさんの造船所 |
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監督 | グエン・トゥー・フオン |
制作国 | ベトナム |
制作年 | 2021 |
VDP上映年 | 2021 -死と生と- |
上映分数 | 30min |
使用言語 | ベトナム語 |
字幕 | 英語/日本語 |
タグ | ライフストーリー, 家業, 継承, 船, 記憶 |
作品紹介
リエンは一家の三代目当主にあたり、彼女が受け継いだ造船所では伝統的な木造船が作られている。メコン川沿いで100年近く続いているこの造船所は、激動の時代を幾たびも経験してきた。今日、メコン川沿いでは持続可能な発展が目指されるようになったが、それと同時に、都市が近代化するにつれて伝統的な価値観が失われつつある。このドキュメンタリーの焦点は、リエンと、造船所の存続をかけた彼女の努力にある。リエンはかつて自分が造船所を守るためにいかに奮闘したかを思い出す。映画は、回想によって彼女の人生に意義が与えられる様子を細やかに描く。労働者への思いやりを持った一人の人間、彼女と労働者の人間関係、そして彼女を信頼して生涯ついて来た労働者の様子が心に迫る。
グエン・トゥー・フオン
監督
ホーチミン市を拠点とするフリーの映画作家。学校卒業後、メディア・プロデューサーとして働く。2016年にアトリエ・ヴァランのワークショップでドキュメンタリー映画の制作講座を受講してドキュメンタリーを制作するようになった。社会を映し出し、観客に感銘を与え、感動的で私的な物語を伝えることに強い情熱を抱く。作品制作を通じて、人間の感情や経験の諸相や、それらと社会問題との関わり方を深く探ろうとしている。
監督へのインタビュー
このドキュメンタリーを制作した理由は?
どのようないきさつからこのテーマに取り組むこととなりましたか?
メコンデルタを知る旅の途中でリエンさんの造船所を見つけたのは幸いでした。陽の光を浴びた労働者の姿に木を切る音が重なり、波が船の横腹に当たって砕ける…そんな光景に心を動かされました。その全てが私の感覚を目覚めさせ、この場所の暮らしと関わりたいという強い思いを抱かせました。この作品を制作する中で私が強い思い入れを抱いたのは主人公のリエンさんです。彼女が発する素晴らしいエネルギーに、私は心の底から確信を得ました。彼女には労働者に対する思いやりがあり、労働者たちもまた彼女を信頼し、生涯にわたり彼女について来たのです。私には彼女が船長に見えます。常に労働者を最善に導き、彼らのために最良のものを守る船長のイメージです。彼女は残りの人生がそれほど長くないという事実に直面します。私に話をすることで、自分の人生に起きた様々な変化や逃してしまった機会などを振り返りたかったのではないかという気がしました。この映画を作ったことで、私が最初にリエンさんに出会った時に感じた、とてつもない力強さや生命力、そして彼女の他者に対する思いやりを感じていただければと思います。
審査員コメント
ニック・デオカンポ
映画監督、映画史家
『リエンさんの造船所』は、あるベトナム人のおばあさんの肖像を生き生きと描いた作品です。彼女の人生での苦労は、その人生が終盤に近付くにつれ、家族や社会における意義と栄誉を与えます。彼女は威勢の良い性格で、家業を経営していますが、この会社は彼女が昔、共産党員による乗っ取りから度胸と決意ひとつで守ったものです。このような要素が、多くの紆余曲折の中で彼女の人生を決定づけ、また、老年期に至るまで彼女を支え続けています。そして、終焉に向かいゆく彼女の人生が、廃れつつある伝統的な造船事業に重なります。これらの船の作り手は、彼女の一族が代々にわたって養ってきた労働者です。そうであっても、やがて訪れるであろう彼女の死とともに、彼らは間違いなく散り散りになってしまいます。このドキュメンタリーの秀逸な点は次のようなものです。まず本作では、エネルギッシュな主人公の姿にベトナム社会における人生の数々の矛盾が繊細に重ねられています。彼女は外面上、仕事の取引では強気ですが、その内面は優しく、廃れゆく造船事業を支えてきた人々を思いやっています。ダイレクトシネマの形式に磨きをかけた本作は、ドラマチックな作品でありながら、控えめな演出により、カメラが画面一杯の映像で人生をありありと語っています。抑制されたカメラの観察眼を活かした本作は、全ての歴史の始まりとなる個人の人生をありのままに垣間見せてくれる作品です。
関連作品
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黄昏
『黄昏』は、高齢者が疎外される現代マレーシア社会での伝統的な家族の価値観の崩壊を見つめたドキュメンタリーである。いずれ誰もが高齢になるが、2030年にマレーシアの65歳以上人口は15パーセントに達することが見込まれている。私たちがこの映画で見ることは、さほど遠くない未来の私たちの運命だろうか。本作では、馴染み深い快適な家庭や自分が育てた子供たちから引き離され、老人介護施設で自活を余儀なくされる急増する高齢者たちを丹念に追う。プチョン地区にある介護施設で見ず知らずの人々に囲まれて徐々に年老いてゆくのは、かつて父母や祖父母だった人々だ。この作品は彼らの物語を克明に描き、虐待・搾取やネグレクトの痛々しい物語を伝える。- 国
- マレーシア
- 監督
- リリー・フー
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- インドネシア
- 監督
- ファジラ・アナンディヤ
- 時間
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速水洋子
京都大学東南アジア地域研究研究所 教授 文化人類学
川に浮かぶ代々続く小さな造船工場を受け継いで維持してきた主人公に圧倒される。高速道路らしき橋が向こうの方に見えている手前では、古風な美しい木造船に手技をかける工員たち。主人公は、彼等に目を配りながら最初の10分は「いつ始まるのか」と思わせつつじわじわと、そして最後はぴしりと、人生の終わりを意識しながら生を振り返り、時に詩を交えて豊かな言葉、イメージ、声音と表情で語る。一人の人の一生とその人がかかわってきたベトナムの歴史、船の役割の衰退とともに、そしてケアしてきた人々との関係が凝縮して描かれている。