タイトル | 落ち着かない土地 |
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監督 | グエン・ティ・カーン・リー |
編集 | グエン・トゥ・フオン |
制作国 | ベトナム |
制作年 | 2019 |
VDP上映年 | 2019 -ジャスティス- |
上映分数 | 28min |
使用言語 | ベトナム語 |
字幕 | 英語/日本語 |
タグ | ホーチミン, 土地問題, 市民運動 , 抗議, 都市計画, 高齢者 |
作品紹介
ホーチミン市の新都市計画が進むトゥーティエムとアンフー地区に、1000平方メートルもの土地を持つ74歳のホンさんは、幸運にも土地の収用を免れたが、彼女の5人の子供たちは土地を収用されてしまった。今、彼女の唯一の願いは、残された土地を自分と子供達のために守り抜くことだ。
グエン・ティ・カーン・リー
監督
ホーチミン市を拠点とするフリーのドキュメンタリー映画作家。べトナムで最も人気の高いオンライン新聞「Vnエクスプレス」にベテラン記者として勤めて4年目になる。現在はダナンでコミュニケーション・エグゼクティブを務めている。彼女が監督した初のドキュメンタリー映画 “Below the Boulevard”(16)は、戦争で障害を負った60歳近くの兵役経験者が、南北ベトナムの統一以来、娘の明るい将来を願いながらホーチミン市のボートで暮らす物語だ。2017年にはルアンパバーン映画祭の映画制作ワークショップでASEAN映画作家10人の1人に選ばれ、“The Giving” というドキュメンタリー映画を監督した
グエン・トゥ・フオン
編集
ホーチミン市を拠点とするフリーの映画作家。ホアセン大学卒。メディア・プロデューサー。彼女がドキュメンタリー映画に関心を持つのは、人間感情のありさまを深く探り、その社会問題との関わり合いを体験する上で最適な方法だと考えるためだ。メディア・プロデューサーとして働くかたわら、アトリエ・ヴァランのワークショップでドキュメンタリー映画制作の講座を受講し、監督として初のドキュメンタリー映画“Immortal Angel” (16)を制作した
監督へのインタビュー
このドキュメンタリーを制作した理由は?
どのようないきさつからこのテーマに取り組むこととなりましたか?
私はサイゴン(ホーチミン)生まれではなく、サイゴンへは10年前に移住してきました。トゥーティエムは橋の向こう側の地区で、私が住む辺りと河で隔てられています。私が毎日通勤する道のりは感覚的に耐えがたいもので、無秩序なブルドーザーや掘削機の間を通り抜けて行くのですが、そこでは衝突音やガチャガチャ、ガンガンといった騒音が、この巨大建設現場のような場所にかろうじて残っている粗末な家を一つ残らず張り裂かんばかりに響いています。トゥーティエムは日に日に変化しています。天に届くような新しい建造物は、これらの小さな家を今にも飲み込むかのようですが、それでもこれらの家は残っています。彼らの粘り強さは私に大きな疑問を投げ掛けました。どうして彼らはこの小さなオアシスに留まる事にこだわるのだろう?初めてホンさんに会った時、彼女はノンラー(菅笠)を被って自宅の前に立っていました。その光景と対照的に、対岸には高層ビル群を従えた華やかな地区が並んでいました。74歳の彼女は、その人生の13年の歳月を費やして自分の5人の子供達のために土地を守ろうと戦ってきました。私は好奇心から撮影を始めましたが、ホンさんとの出会いは別世界への扉を開き、私ははからずも庶民が政府を相手どって法廷闘争を行う冒険譚に引き込まれてしまいました。彼らは巨大な風車にほとんど勝ち目のない戦いを挑み、それでも諦めようとしない現代のドン・キホーテなのです。
監督からのメッセージ
「ドキュメンタリー映画が無い国はアルバムが無い家族のようなものだ」という意見に同感です。私はドキュメンタリーに心を奪われてしまいました。映画はコミュニケーションの一手段で、ジャーナリズムと映像的美学とが一体になって調和しています。ドキュメンタリー映画は、現実が消えてしまう前に歴史を記録するという重要性があり、より平等な社会の実現に向けて発言する上でも役立ちます。この事は、ベトナムという急速に発展する国の状況に特によく当てはまります。サイゴン(ホーチミン)に移住して来た10年前から、私は急激な変化を目にしてきました。トゥーティエム地区はかつて都市と田園が混在する河岸地帯で、暮らす人々の心が安らぐ故郷でしたが、今では巨大都市計画のために争いが生じています。現在は歴史的に重要な時期で新たな巨大都市計画がこの地域を飲み込んでしまう前にできるだけ速やかに記録に残しておく必要があります。この作品は歴史の抹消との闘いなのです。
審査員コメント
アウンミン
医師、脚本家、監督
私はベトナムのスラム街の老女の物語に大して驚かされる事はないだろうと思っていました。ところが、この老女がベトナム戦争の兵役経験者の妻であると知って、この物語がアメリカとベトナムのあの戦争と完全に重なっていることに気づきました。彼女の怒りは衝撃的で凄まじいものでした。そして彼女が「枯葉剤」という言葉に涙するのを見て、私の記憶はこの背景にある戦争の歴史に思い至ったのです。被害者は過去の戦争の結果と現在の汚職による影響の両方を被っていました。このドキュメンタリーの監督は、登場人物の後をずっと追いかけています。監督は口を挟んだり判断したりすることは一切しません。監督はこの登場人物がついに問題に足を踏み入れるところまで追いかけました。この映画は、この種の問題を抱えた暮らしがあっても世界は続いて行くという思いを観客に残します。この映画は、東南アジアの諸問題の混沌を歩んできた国について知るドキュメンタリーとして貴重な作品です。
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- マレーシア
- 監督
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- ベトナム
- 監督
- グエン・トゥー・フオン
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- ミャンマー
- 監督
- ナン・キンサンウィン
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- 12min
速水 洋子
京都大学東南アジア地域研究研究所 教授 文化人類学
ホーチミン市で20年来進められてきた東南アジアでも最大級のトゥーティエム・メガ都市構想。その陰で、住む土地や家を奪われて抗議を続けてきた人々。カメラは抗議運動に加わるホンさんを一対一で追う。撮影者の息遣いが聞こえると、見ている私もホンさんと対話し、その場にいるような臨場感のなかで、不正義への憤りが手に取るように伝わる。