私たちのヤンゴン

Yangon, the city where we live

タイトル私たちのヤンゴン
監督シン・デウィ
撮影Ko Oo
制作国ミャンマー
制作年2017
VDP上映年2017 -都市生活-
上映分数28min
使用言語ビルマ語
字幕英語/日本語
タグヤンゴン, 移民, 詩

作品紹介

甚大な変化を遂げつつあるヤンゴンをユニークな視角から映し出す。和をもって生きることは生きる技である。都市の魅力は、抗しがたく誘惑的である。ヤンゴンは、農村からの移民にとって皆で暮らせば安全な砦となる。詩の朗読と、都市ヤンゴンの風景映像を織り交ぜるユニークな手法で、このドキュメンタリーは、希望や願望にあふれる都市に住む多様な人々が、心のなかで抱く葛藤や忍耐を描いている。

シン・デウィ

監督

シン・デウィはミャンマーのドキュメンタリー映画の先駆者の一人。1973年にヤンゴンに生まれ、大学時代には記事や詩を書くようになった。ミャンマーの諸大学が1996年の学生運動の時期に閉鎖されると、彼女はヤンゴンの製作会社であるAV Mediaに入社し、そこで間もなく、ドキュメンタリー映画製作への情熱を自覚する。2006年にヤンゴン映画学校 (YFS)で学び始めた彼女は、程なくしてこの学校で最も多作な映画作家の一人となった。彼女の作品の多く、例えばビルマ人画家、Rahulaを描いた『An Untitled Life』や、ミャンマーの乾燥地帯に暮らす少女についての『Now I am Thirteen』などの作品は、世界中の多くの映画祭で上映され、高い評価を得ている。

コ・オー

撮影

コ・オーは写真家で、主な関心はビルマ人の現実とその肖像である。ミャンマーのドキュメンタリー映画作家の先駆者であるシン・デウィと2006年に結婚し、以来数々の短編ドキュメンタリー映画を共同制作している。

監督へのインタビュー

このドキュメンタリーを制作した理由は?
どのようないきさつからこのテーマに取り組むこととなりましたか?

都市は現代文明の顔であり、首都は国家の心です。都市は一国の住民にとって魅力の中心であります。ほとんどの都市は活気があり、新しく、立派なものです。都市は未来を予言するだけではなく、博物館さながらに過去を陳列して見せるものでもあるでしょう。19世紀の後半、ヤンゴンは東南アジアの中心でした。つまり、ヤンゴンはこの地域の最も美しい都市としての過去を豊かに包含していたというわけです。今日、ヤンゴンの未来は民主化を通じた包括的な諸改革にあります。私は今がヤンゴンに暮らす人々の詩的な生活を記録する上で、最適な時機である事を確信しているのです。

選考委員コメント

石坂 健治

日本映画大学教授、東京国際映画祭シニア・プログラマー

膨れ上がる大都市ヤンゴンの街の諸相を様々な角度から切り取り、都市を生き物のように捉え、そこに住む生活者の存在感が浮かび上がってくる。有名な『伯林(ベルリン)-大都会交響楽』(1927)を思い出した。

速水 洋子

京都大学東南アジア地域研究研究所教授 文化人類学

ミャンマーでは、2011年以来、国内情勢の変化とともに新しい労働機会を求めて農村部からヤンゴンなどの都市への若い人々の移動による、第二次・第三次産業インフォーマル・セクターへの就労が増えている。彼らは、かつかつの生活のなかで、身を寄せ合って慣れない都市生活を送る。本作品は、そうした農村から都市に出た移民が、ヤンゴンとヤンゴンでの生活に寄せる映像で紡いだ一編の詩である。大都市に出てきた農村の若者が、もはや農村には戻れない、しかし都市でもよそ者、というどっちつかずのあり様が表現されている。

専門家によるコメント

川本 佳苗

京都大学東南アジア地域研究研究所 連携講師

「私たちのヤンゴン」

 この映画は、詩の朗読にのせて、詩人リーンウェーケッ(長い髪の男性)とその妻子、そしてコータインウィン(外で布施を集っていた男性)と産婆の妻と息子という2組の家族の日常を中心に描きつつ、ヤンゴンの過去・現在・未来といった、世界や人々の普遍的な営みを映し出します。ヤンゴンの「過去」は、仏教に対する信仰などの伝統的慣習によって表現されます。この映画は7~10月の雨期に撮影されていますが、この時期は「安居」と呼ばれる僧侶達の特別な修業期間であり、宗教的な重要性をもっています。また列車や街の交通渋滞、家庭の風景は「現在」を、産婆と妊娠した女性や子ども達の場面は「未来」へと続く新しい生命を象徴しています。
 この映画には、ユニークな視点が2点あります。1点目は、「涅槃(ニルヴァーナ;パーリ語でニッバーナ)」の比喩が何度も使われていることです。たとえば、リーンがTシャツにプリントを施す作業をしている場面で「涅槃の到達は瞑想すればできるが、ヤンゴンで家をもつことは(実現不可能な)夢だ」と述べています。ミャンマーでは、国民の多くが敬虔な上座部仏教徒で、タイやラオスなど周辺の仏教国と比べても「涅槃を目指す」ことを強調する傾向があります。ですから、涅槃・悟りはミャンマー人仏教徒にとって理想の、憧れの境地なのです。もちろん、簡単に涅槃に到達できるわけではありませんが、そのための修行法を指導してくれる僧侶はいます。一方、ヤンゴンで家をもつ方法を指導してくれる人は、誰もいません。涅槃への到達よりも、豊かな暮らしの方が不可能だと思えるほど、ヤンゴンでの生活は大変なのでしょう。
 また、雨が止んだ後、「現実を気にしなければ、 ヤンゴンは幸せな涅槃だ。苦労(ミャンマー語でドゥッカ;元来はパーリ語の仏教用語)を受け入れ、幸せを感じながら、生きることを学んでいく」という詩文が出てきます。プールのように雨水が溜まった状態を、汚い、ドゥッカだ、と嫌がることもできますし、日本人ならばほとんどがそう考えるでしょう。でもこの場面では、涅槃の例えを用いた真意を伝えるべく、子供や犬などが泳ぐ様子を楽しくユーモラスに描いています。つまり、ある状況を困難とするか、楽しむかは、考え方次第なのです。
 2点目は、ヤンゴンを絶対的生命体のように表現している点です。リーンが電車から降りた後、「ヤンゴンは一つしかない」という詩文が繰り返されます。ヤンゴンを、たとえばニューヨークや東京などの大都市のうちの一つだとみなしたら、そこに比較や相対の関係が生まれます。でも、ヤンゴンは一つしかない。私たちがヤンゴンを選ぶ、あるいはヤンゴンが私たちを選ぶ、といった相対の関係を超えた絶対的な存在なのです。
 この示唆は、映画の最後の「何かを待ち望みながら、皮肉にもヤンゴンは殻を破ることができない」という一節に繋がります。ヤンゴンは、変化したいという意志をもつ生命体でありながらも、絶対的な存在であるがゆえに、なかなか変化できないのです。
 では結局、この一神教の絶対神のような存在のヤンゴンに対して、人は何ができるでしょうか?リーンは、ヤンゴンを自由な場所、避難所、一人でも生きていける場所などと称賛しつつも、ヤンゴンではマイホームも持てないし、何年住もうと自分はよそ者だという不安も告白しています。
 ならば、雨水で遊ぶ子供たちのように、不完全な、不安定な、苦しみで満ちたこの人生をただ受け入れるしかないのではないでしょうか。それこそ、ヤンゴンで暮らす人々なりの、涅槃のような幸福を感じる方法ではないでしょうか? この映画からは、そのような監督の問いかけを感じました 。

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