密告

Timbre

タイトル密告
監督エドレア・カミール L. サモンテ、ニコール・パメラ・M・バレオ
制作国フィリピン
制作年2017
VDP上映年2017 -都市生活-
上映分数23min
使用言語フィリピン語
字幕英語/日本語
タグトラウマ, マニラ, 喪失, 暴力, 死, 麻薬戦争

作品紹介

ドゥテルテが権力の座について以来、フィリピンでは、政府による麻薬撲滅キャンペーンのもとで横行する毎夜の人斬りが人々を恐怖におとしめている。このドキュメンタリーは、愛する息子をこの闘いで失ったある家族が経験する苦境を描き、現在進行中のフィリピンにおける政治危機を、ある個人の視点から赤裸々に描いている。

エドレア・カミール・L.サモンテ

監督

エドレア・カミール・L.サモンテは、フィリピンのマニラに拠点を置く意欲的なドキュメンタリー映像作家。聖スコラスティカ大学のマスコミュニケーション(放送ジャーナリズム)学部を優秀な成績で卒業。彼女の作品は主に社会政治的な問題や先住民族、人権などに焦点を当てている。卒業制作である『Bulabog』(2017)は、聖スコラスティカ大学のマスコミニュケ-ション学科で最優秀卒業制作ドキュメンタリー賞を受賞。2017年8月、彼女の手掛けた学生映画『Timbre(密告)』が、第29回フィリピン文化センター自主制作映画祭のドキュメンタリー部門で第三位を獲得した。現在はテレビ・ニュース番組のプロデューサーとして常勤で働く傍ら、フリーランスで国内外のドキュメンタリー映画製作の取材やフィールド・プロデューサー、製作アシスタントなどの仕事も行う。

ニコール・パメラ・M・バレオ

監督

ニコール・パメラ・M・バレオは、1995年フィリピン・マニラ生まれ。聖スコラスティカ大学のマスコミュニケーション(放送ジャーナリズム)学部を卒業。2017年8月、彼女の共同制作による学生映画『Timbre(密告)』が、第29回フィリピン文化センター自主制作映画祭のドキュメンタリー部門で第三位を獲得。現在、製作コーディネーターとしてSDIメディア・フィリピンで働く。

監督へのインタビュー

このドキュメンタリーを制作した理由は?
どのようないきさつからこのテーマに取り組むこととなりましたか?

クラスメートと私が超法規的殺人についてのドキュメンタリーを制作しようと決めた理由は、政府の麻薬撲滅戦争が殺害しているのが、どうやら麻薬密売組織の大物たちでなく、下位の薬物使用者たちで、主に都市貧困コミュニティの出身者たちである事に気が付いたためです。私たちはフィリピン社会の最も暗い片隅にあって声を持たない被害者たちのために声を上げ、この残忍な人殺しに対する人々の認識に疑問を投じたいと考えています。多くの人々が沈黙し続け、なすすべもなく見て見ぬふりをしてきました。私たちは、我々が光を当てたこの語られぬ物語、ロドリゴ・ドゥテルテ大統領の麻薬撲滅戦争の中で殺された人々の、被害者となった遺族達の物語によって、多くの人々に実際に何が起きているのかを見てほしいのです。この運動では年齢や性別、境遇の区別も無く、罪無き人々までもが一斉射撃の巻き添えとなっています。また、考えると気の滅入る事ではありますが、今、国民の間には一層の冷淡さが募っています。これは多くのフィリピン人たちが、このような残忍な人殺しに対して感覚を鈍らせてしまったためです。このドキュメンタリー映画が、人々の正常な感覚を取り戻させる契機となり、崇高なものとされるこの戦いの目的に彼らが批判的となり、疑念を抱かせるよう、一石を投じる事ができれば良いと思います。

選考委員コメント

清水 展

京都大学東南アジア地域研究研究所名誉教授 文化人類学

ドゥテルテ大統領治下のフィリピンで、もっともホットなテーマである超法規的殺人(extra-legal killings)を扱う。警察官や自警団員らによって麻薬・覚醒剤の売人や中毒者が、今までに数千人が殺されている。犯人が逮捕されることはほとんどない。麻薬撲滅と治安回復のためなら止むなしと、一般市民からも暗黙の支持がある。本作品は殺された少年の母親に密着し、フィルム・ノワールや、リノ・ブロッカの映像を彷彿させる。大所高所からの正論や告発でなく、残された家族の怒りと哀切の情に寄り添うことで、ドキュメンタリー映像の力を証明している。

石坂 健治

日本映画大学教授、東京国際映画祭シニア・プログラマー

今年の応募作の中で最大の衝撃作である。ドゥテルテ大統領が掲げる麻薬撲滅キャンペーンはニュース報道では知っていたが、この作品は現実のショッキングな光景をまざまざとうつしだす。短い時間のなかにこれほど死体が出てくるとは。絶句するしかない。

専門家によるコメント

日下 渉

東京外国語大学 大学院総合国際学研究科 教授 

 この映像で描かれた世界は、現在のフィリピンの日常風景です。こんな人権侵害の横行にもかかわらず、ドゥテルテ大統領は7割ほどの支持率を維持しています。被害者のほとんどは貧困層ですが、彼らの多くも支持しているのです。なぜなのでしょうか。それは、麻薬戦争を容認する人々は、自分たちは「善良なる市民」で、殺されているのは、自分たちの生活を脅かす「悪しき犯罪者」だと考えているからです。背景には「悪い人間がいなくなれば、社会も自分たちの生活も良くなる」という発想があります。
 ドゥテルテの麻薬戦争が支持される背景には、役人が法を悪用して汚職に精を出すので、法規制が機能していないとの苛立ちがあります。たとえば、多くの悪徳警官が、麻薬密売者から上納金を受け取ったり、押収した麻薬を横流しして利益を得てきました。その結果、容易に麻薬を手に入れることができ、多くの家族や地域を悩ませてきました。大統領の支持者は、彼が厳格な規律と鉄拳でもって、こうした腐ったシステムを破壊し、法の支配と社会秩序を再生してくれると期待しているのです。
 しかし、法の支配を再生させるためとして超法規的な殺害さえ推奨するのは大きな矛盾です。映画のなかに、殺された若者の遺体のすぐ隣に、「ナボタス市には規律がある」というサインボードが掲示されていました。このシーンは、大統領の語る「規律」の矛盾を見事に表していたと思います。
 麻薬戦争は法制度を再生するというよりも、さらに弱体化させ、この政策の限界を露呈させていくでしょう。何らかの理由で消したい人間を「麻薬犯罪者」に仕立て上げれば、いかなる殺人も許されてしまう社会が生まれています。悪徳警官がかつて仲間だった麻薬関係者を口封じで射殺したり、一般人を恐喝して金を巻き上げるといったケースも相次いでいます。もっと言えば、ドゥテルテの長男らが麻薬密輸に関与していた疑惑も報じられています。
 ドゥテルテ支持者たちも犠牲になっています。殺されたレイマートのお母さんも支持者だったと思います。現在フィリピン人の10人に1人が海外で暮らしていますが、大統領は海外出稼ぎフィリピン人の間で人気です。彼らは法制度が厳格に実施されている社会で暮らしており、フィリピンもそうなって欲しいと願っています。また、海外で稼いだお金を家族のために送金しているのですが、フィリピンに残してきた子供たちが麻薬の犠牲者になってしまわないか心配しているからです。しかし、レイマートのように、海外出稼ぎ者の子供が殺される事件が相次いでいるのです。これは大統領の重大な裏切りです。
 もとよりフィリピン社会は、人びとの生を互いに支え合うことを重視するところです。心優しいフィリピン人が、いつまでもこうした虐殺の横行を許し続けるとは思えません。来年に入って大統領の支持率は少しずつ下がっていくと予想しています。

(2017年12月上映会開催時のコメントです)