カンボジア・シアター

The Cambodian Theater

タイトルカンボジア・シアター
監督ソペアク・ムァン
制作国カンボジア
制作年2016
VDP上映年2018 -ポピュラーカルチャー-
上映分数7min
使用言語クメール語
字幕英語/日本語
タグクメール演劇, 伝統芸能, 文化保護, 継承, 芸術家

作品紹介

カンボジアでは伝統的なクメール演劇が衰退しつつある。観客が減っているだけでなく、その存在を知る人も少なくなってきている。この作品は演劇の伝統の維持と保護に携わる数少ないアーティストたちの情熱を伝えている。別の定職に就きながら、巡業の時期になると夜ごと集まって舞台を準備する人々の姿を感受性豊かに描く。

ソペアク・ムァン

監督

カンボジアのプノンペンに拠点を置く映像作家兼映像プロデューサー。プノンペンのPSEスクール・オブ・メディアで映画制作を学び、国内外でいくつもの短編映画を手がけている。映像作家としてのみならず、カンボジアで撮影される国際プロジェクトのフィクサーやラインプロデューサーとしても活躍中。

監督へのインタビュー

このドキュメンタリーを制作した理由は?
どのようないきさつからこのテーマに取り組むこととなりましたか?

カンボジアではクメール演劇が衰退の一途を辿っています。今では誰も見にいかない、あるいはその存在さえ知られないようになっています。その昔、テレビやインターネットが普及する以前はとても人気があり、人々の娯楽として、また社交の場としてその役割を果たしていました。今ではこの伝統を絶やさないよう、同じ情熱を抱いたアーティスト数人が力を合わせ、カンボジア・シアターの継承に全力で取り組んでいます。日中は定職に就きながら、時間を見つけては集まり、季節巡業の舞台公演の準備に当たっているのです。

監督からのメッセージ

この国だけでなく世界に共通する人権についての物語など、実在する問題を掘り下げていくことが大好きです。私の国は発展途上であるが故に、いまだに知られていない物語が無数に存在しています。私は、映画は、こうした物語を世界と共有するための最も有効な手法の一つだと考えています。そしてそれこそ、つまりカンボジアの断片を皆さんにお見せすることが私の目標なのです。

選考委員コメント

リティ・パン

映画制作者、ボパナ視聴覚リソースセンター代表

ソペアク・ムァン監督の作品『カンボジア・シアター』で取り上げられているバサック劇は、かつてカンボジアで非常に人気がありました。バサック劇は屋内でも屋外でも上演可能で、私も幼かった頃、父によく連れていってもらいました。カンボジア人向けにバサック劇を上演する劇場はプノンペンのあらゆる地域にありましたし、私たちも心からこの芸術を楽しんでいました。その当時はバサック劇を見たことのないカンボジア国民などいなかったといっても過言ではありません。ところが現在、この芸術はゆっくりと、しかし確実に姿を消しつつあります。バサック劇の伝統を復活させ、維持していこうとするソック・ソティー氏の尽力には心から感謝していますし、この芸術が私たちと共に生きながらえていくことを願ってやみません。私にとって、この映画を見ることは喜びでした。そしてこの映画を作り、バサック劇の価値を高めようというソペアク・ムァン監督の尽力には本当に感謝しています。

速水 洋子

京都大学東南アジア地域研究研究所教授 文化人類学

短いながら盛沢山な映像を通じて、衰退しつつある伝統的なクメール演劇の現状を、演じるアーティストの苦労と情熱を通じて伝えている。別の仕事を持ちながら夜の舞台に集まる人々の姿が、この演劇を持続させようとする切実な思いを伝える。

専門家によるコメント

福富 友子

 バサック劇は、カンボジアの各地方でとても人気があります。カンボジアの芸能としては、古典舞踊や影絵芝居など、インド文化の流れを汲む芸能がよく知られていますが、バサック劇は衣装にも特徴がみられるように、中国やベトナムの文化を取り込んでいる芸能です。カンボジアでは、お芝居というのはチケットを買って椅子に座ってみるものではありません。仏教行事や法事を行うときに、その祭りを行う施主が芝居の一座を雇い上げて上演してもらうのです。屋外で上演するので、誰でも自由に見ることができます。ひと昔前までは、そのような祭があれば必ずバサック劇、というほど人気があったと聞いています。「明日、バサック劇がどこどこで上演される」という情報が人から人へと伝えられ、それを聞くとみな、友人や家族同士で見に行くのです。
 上演は夜に行われます。上演する場所につくと、照明でステージが明るく浮かび上がっていて、スパンコールがぎっしり刺繍された衣装をきらめかせた役者が見えます。会場は人でいっぱいです。機材の調子がいまひとつでマイクの音がかなり割れていても文句など出ません。物語の内容、役者の人気、フオンと呼ばれる動作の型、衣装、音楽、どの点からも人々の支持を集めていたようです。今回の映画の中で、ぼさぼさ頭に無精ひげの登場人物が映っていました。道化役です。一見、端役に見えますが、とても重要な役です。まず物語に入る前に登場してお客の心を掴み、物語が始まってからも途中途中に登場して、おもしろおかしい言葉遊びや風刺も交えた冗談を繰り広げて、人々をお腹の底から笑わせリラックスさせるのです。
 こうしたバサック劇が、演じられる機会が少なくなっていると聞きました。祭りがあっても招かれることが少なくなっているというのです。最近の流行りはバンド演奏だそうです。もちろんバンド演奏も楽しいし、新しいものは誰でも見たいと思います。でも、自分たちの生活の中にあった芸能に対してもっと関心を持ち続けてくれないか、と芸能者たちは考えているでしょう。
 映画の中で座長のソク・ソティーさんが、師の恩をいつも強く肝に銘じている、と語っていました。自分自身ですっかりできるようになったなどと言ってしまう人は本当の芸能者ではないと。その言葉に、「師匠の恩」こそが、カンボジアの伝統芸能の根底に流れているものではないか、と気づかされます。カンボジアの伝統芸能に共通して存在する魅力は、演者の師匠に対する敬意と、演技を見守る師匠の存在感がその場を包み込むことです。また、演者たちが、農業をしたり、家畜を飼育したり、絵を描いたりなどの本業があることも語られていました。そうした日常生活の中で起こる問題や苦労や楽しみが、演技に幅をもたせていることも魅力の一つです。
 最近は、芸能も新しい見せ方で生き残れるよう考えるべき、という傾向が見られます。ときには、師匠から習って来たものを次の世代につなげたいと言う望みが否定されることさえあります。継続のためにアレンジが必要なこともあるでしょうし、試みとしてコラボレーションということも考えられるでしょう。ですが、土台となるものを一度失くしてしまったら、のちに大変な後悔をすることになるはずです。カンボジアでは長い内戦によって途切れた芸能が、それぞれの思いや支援でようやく復活してきたのです。
 さて、この11月28日に、ルカオン・カオルと呼ばれる伝統的な仮面劇がユネスコの無形文化遺産のリストに登録されました。2003年に古典舞踊が、2005年にスバエク・トムと呼ばれる大型影絵芝居が登録されてから13年ぶりの登録です。SNSの普及もあって今回は大きく話題になり、若い人たちも含め国内で多くの関心を集めていることがわかります。そうした関心が、バサック劇にも向かないかなと期待しています。
 繰り返しになりますが、野外上演のお芝居をみんなで草の上に座って、ときに屋台でおやつを買って食べながら、祭りの日の気持ちを共有するということ自体が、カンボジアの芸能の本質ではないか、と思います。素敵なドキュメンタリー映像をご紹介することができてうれしく思いました。