タイトル | アルヤの絡まった髪の毛 |
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監督 | シディック・アリヤディ |
編集者 | ウィディアンティ・プスパムルティ |
制作国 | インドネシア |
制作年 | 2020 |
VDP上映年 | 2020 -愛- |
上映分数 | 17min |
使用言語 | インドネシア語、ジャワ語 |
字幕 | 英語/日本語 |
タグ | ジャワ, 儀礼, 子供, 家族, 観光化 |
作品紹介
このドキュメンタリーでは、もつれ髪(gimbal)のアルヤを娘に持つ農夫ストリスノの姿が描かれる。この作品は、子どもがもつれ髪になるのは、その子に祖霊がついているためだという民間信仰を丹念に描く。本作は、アルヤ一家の姿と、彼らが断髪儀礼を行うに至る過程、そしてその準備のために繰り広げられる交渉の様子を追う。儀礼をつつがなく終えたいと願うストリスノが娘の望みを叶えようと必死に努力する姿が感性豊かに表現される。
シディック・アリヤディ (Sidiq Ariyadi)
監督
シディック・アリヤディはインドネシア出身の若手ドキュメンタリー監督で、観察型ドキュメンタリーに情熱を傾ける。彼は出来事をありのままに見せることを好み、人と文化の主題が絡み合う様子について、説明したり焦点を当てたりすることは好まない。彼はジャカルタ芸術大学の映画・テレビ学部を卒業したばかりで、同大学でドキュメンタリー映画制作を専攻していた。『アルヤの絡まった髪の毛』は彼の卒業制作である。本作はSEA短編映画祭で上映作品に選ばれ、リフト・オフ・セッションの最終選考作品となった。
ウィディアンティ・プスパムルティ (Widianti Puspamurti)
編集
ドキュメンタリー制作の世界に足を踏み入れて間もない若手の映像編集者。『アルヤの絡まった髪の毛」は彼女にとって最初のプロジェクトとなった。彼女はジャカルタ芸術大学の映画・テレビ学部を卒業したばかりで、現在はジャカルタにある制作会社に務めている。
監督へのインタビュー
このドキュメンタリーを制作した理由は?
どのようないきさつからこのテーマに取り組むこととなりましたか?
この作品を作ったのは、このストーリーが私たちの暮らしに非常に身近な内容だったからです。それに、この物語の舞台となっている場所は私たちが育ったところです。このため、もつれ髪の子供たちや、彼らとこの文化の中で暮らす人々との経済的な関わりは、私たちにはよく分かる文化的な問題ですし、共感もできます。また、この文化についての物語を他の人々と共有することにも意義があると感じています。なぜなら、それによって、経済活動の中に置かれた文化的な習慣のあり方が再認識されるからです。インドネシアにこの様な習慣があることを皆さんに知ってもらう上で、この映画が役に立つことを願っています。
審査員コメント
若井 真木子
山形国際ドキュメンタリー映画祭・アジア千波万波
少年少女の髪にできたドレッドロックが繰り広げる、この地域ならではの一大事。髪切りの儀式に必要な、お金の工面にあれこれ悩む若い夫婦の渋い会話に、冷静な合いの手を入れる娘のアルヤは、あたかも自分の髪の魔力を知っているかのよう。コロコロと変わる普通の少女の表情を捉えながら、これも運命として手を尽くす夫婦の静かな愛情を見守るカメラ。儀式を難なく終える他の家族を見つめるアルヤたち一家のその視線の先を一緒に見てみたくなる。
関連作品
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伴侶さがし
『伴侶さがし』は、高齢男性のバスリが再婚を願う気持ち、その期待と彼が向き合う現実についての物語だ。本作では、恋愛ものにありがちな、常に美しく完璧なものという理想世界の観念とは違う愛の見方が描かれる。シンプルで現実に即した愛情表現を描く本作は、親密さを示す単純なしぐさ、たとえば、新郎と新婦の言い争いや、彼らが自尊心から相手に本当の気持ちを伝えるのを思いとどまる様子などを取り上げる。この作品では、二つの別々の街で離れて暮らし、働く二人が抱える葛藤にも迫る。- 国
- インドネシア
- 監督
- ワフユ・ウタミ
- 時間
- 30min
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紅酒鶏
「紅酒鶏」はマレーシアのヌグリ・スンビラン州、ブキット・プランドゥックに住むマレーシア人男性と結婚した、ベトナム人の花嫁、阿嬌 (アチャオ)を描いた作品。本作では、二人の関係とあわせて、アチャオが家庭内での自分の立場を思案する姿が焦点となっている。福州の伝統料理である紅酒鶏、それに家族と食事をめぐって物語が紡がれる。人と人との様々な関係のあり方に思いを巡らせる作品だ。- 国
- マレーシア
- 監督
- グレース・チュン・ライウイ
- 時間
- 16min
山本博之
京都大学東南アジア地域研究研究所 准教授 地域研究・メディア論
ジャワ島中部のディエン高原では、幼い子の髪が絡まるのは憑き物のためだと信じられており、髪落としの儀礼を行う。儀礼では髪を切り落とされる子が望むものを何でも与えなければならない。テレビドラマやスマートフォンを通じて村外の情報に触れているアルヤはおもちゃを欲しがるが、アルヤの家に経済的余裕は全くない。それでも若い夫婦は娘アルヤの髪落としの儀礼の準備を進めるが、費用がかかっても世間並みの儀礼をしてあげたいと思う夫と、日々の食事にも事欠く家計が気になる妻の気持ちが複雑に絡まり合う。