人は地に、ワニは水に

Saya di Sini, Kau di Sana (a Tale of the Crocodile’s Twin)

タイトル人は地に、ワニは水に
監督タウフクラフマン・キフ
プロデューサームハンマド・ファンチュリ、サラ・アディラ
撮影監督アグン・デルマワン、タイフィクラフマン・キフ
編集タイフィクラフマン・キフ、アンマル・ザクワン
制作国インドネシア
制作年2022
VDP上映年2023 -笑!-
上映分数18分
使用言語インドネシア語
字幕英語/日本語

作品紹介

ワニと人間は、津波の危険がある地域で生活の場を共有して、互いに相手を警戒しながら暮らしている。本作は、地元の古文書、民話、神話に残された古い知識を再発見し再解釈する旅に誘う示唆に富んだドキュメンタリー映画である。過去の言説と現代の生態学的理解の複雑な関係を考察し、それらが現在の環境問題にどのような貴重な洞察を提供しうるかを明らかにする。

タイフィクラフマン・キフ

監督

タイフィクラフマン・キフは、絵画、写真、音楽、映像、映画、パフォーマンスアートなど様々なメディアを駆使する分野横断的なアーティストである。2016年、スラウェシ島パルに拠点を置くアート・コレクティブ「フォールム・スドゥットパンダン」を共同設立。2022年には、絵画、音楽、パフォーマンスアートを通して都市を記録しアートと境界を越える実験スペースの「MUTUALS」というプラットフォームを開始した。本作はオーバーハウゼン国際短編映画祭(2023年)で審査員特別賞を受賞した。監督の縦型実験映画『Rotation』は複数の縦型映画祭や実験映画祭にノミネートされた。

ムハンマド・ファンチュリ

プロデューサー

ムハンマド・ファンチュリは映画展示・上映プラットフォーム「クラブ・プノントン」のプログラム制作担当兼マネージャー。スラウェシ島パルに拠点を置くアート・コレクティブ「フォールム・スドゥットパンダン」のメンバー。2023年に本作を共同制作。現在、フィルムアーカイブ集団で活動中。

ラフマディヤ・トリア・ガヤトリ

ラインプロデューサー

ラフマディヤ・トリア・ガヤトリは、クロスメディア・アーティスト、映画プロデューサー、アートマネージャー、災害研究者。彼女は自身の芸術的プロセスに積極的に取り組み、2016年に「フォールム・スドゥットパンダン」というアート・コレクティブを共同設立した。2017年にプロデューサーとして初の長編映画を制作し、2019年には中央スラウェシのシギ県ピピコロという小さな村で制作された『Mountain Song』を発表。2020年ローマ・アジア映画祭、2020年インドネシア映画祭、2019年ワールド・シネマ・アムステルダム、2019年上海国際映画祭にノミネートされ、いくつかの映画祭で受賞した。

監督へのインタビュー

このドキュメンタリーを制作した理由は?
どのようないきさつからこのテーマに取り組むこととなりましたか?

この作品は、民話や神話といった地元の資料から得られる知識を再読し、それらを現在の生態学的知識の中に文脈づける試みであり、私たちの行き過ぎた人間中心的視点を批判するものです。また、災害を軽減するために役立つ方法についても触れています。

審査員コメント

山本 博之

京都大学東南アジア地域研究研究所准教授 地域研究・メディア学 

2018年の地震と津波で数千人が亡くなったインドネシア・スラウェシ島では、地元のカイリの言葉に「泥に吸い込まれる」という液状化を示す言葉が昔から伝わっていたことに注目が集まった。本作品はカイリの人々とワニの結びつきが描かれる。人とワニは双子で生まれてきて、心がつながりながら陸と水に別れて暮らしていると考えられている。ビーチに立てられている「ワニに注意」の看板は、この作品の鑑賞後に見ると意味が変わって感じられる。

若井 真木子

山形国際ドキュメンタリー映画祭東京事務局「アジア千波万波」コーディネーター

ある高貴な家に生まれた男と双子の兄弟として「生まれた」ワニのお話。カイリの人々の日常と共にあり、史実上、植民地時代、あるいは2018年の大津波の際にも、ワニは有形無形に現れる。古代から今に至るまで、双子が以心伝心であるといわれるのと同様に、人間とワニとの関係性が、先住民の人々の文化に息づいているのだ。考古学者や津波を経験した人の語り、アニメーション、日常風景やサウンドスケープが、軽やかに境界を行き交う物語を紡ぐ。

専門家によるコメント

西 芳実

京都大学東南アジア地域研究研究所准教授 インドネシア地域研究 

 この作品は、いまから5年前、2018年9月に起こったスラウェシ地震の被災地である、インドネシア・中スラウェシ州の州都パルとその周辺の地域を舞台にしています。
 この地震では、地震そのものによる被害だけでなく、海辺の山が海中に崩れ落ちて発生した津波や、大規模な液状化現象による被害が甚大でした。 津波によって海に流されてしまったり、大規模な液状化によって地面の下にのみこまれてしまったりした方々の捜索は、被災から2週間で打ち切られました。亡くなった5000人のうち、650名を越える人の遺体が行方不明のままになっています。
 インドネシアは、日本と同じように、地震や火山噴火などの自然災害が起こりやすい国として知られます。特に、17万人以上が犠牲となった2004年のスマトラ沖地震・津波以降、2006年中部ジャワ地震、2009年西スマトラ地震、2010年ムラピ山噴火、というように、大規模な自然災害が続きました。被害を最小限にするために、国をあげて防災の取り組みがされてきました。ただし、東西5000キロの広がりを持つインドネシアでは、全国にくまなく土木工学的な対応を施すことは現実的ではないことから、「災害とともに生きる」「災害を友とする」といった考え方によって、地域単位で、災害に対応する力を高める取り組みが進められています。その中の一つが、「地域の知」(local knowledge, kearifan lokal)に注目する取り組みです。近代化や開発の過程で忘れられたり、軽視されたりしてきた、地域社会で蓄積されてきた、自然や災害に関する知恵を掘り起こして、社会で共有しようとするものです。
 この作品が、パルとその周辺で長年暮らしてきたカイリの人々とその伝承に焦点をあてるのも、この流れに即しています。作品は、カイリの人々が昔から大切にしてきた3つの繋がり、すなわち、人と神、人と人、人と自然の繋がりについて紹介し、自然の声に耳を澄ませ、動物の行動をよく観察することの大切さを説きます。とりわけ、カイリの人々が身近な存在として親しみと共に観察してきたワニとの関係を中心に、お話は展開します。
 ワニというと、マレーシアからインドネシアにかけての島嶼部東南アジアでは、一般に、人に悪さをする動物として語られることが多いです。水辺に身を潜めていて、人が近くに来ると人を襲ったり、たぶらかしたりする、そのような存在です。
 一方、カイリの地では、ワニは水の世界の主人であり、陸(地)の世界の主人である人間と、双子の関係にあると受け止められています。ふだん離れ離れに暮らしていても、互いが危機に陥ると、それを察知して、助け合い、寄り添う、そのような関係です。インドネシアでは、「地と水」(tanah air)は「祖国」を意味します。人とワニが互いを思いやり、協力することで、水の世界と土の世界が合わさった祖国に平安がもたらされる、そのような世界観が示されています。
 そのような人とワニの関係にも変化が訪れます。ワニの住処である川の砂を採取する人間をワニが襲います。そして、人を襲ったワニを退治した西洋人の子孫もまた、ワニに狙われる存在となります。ただし、その後も、ワニを自分たちの兄弟・親戚であると考える人たちはいて、最後に登場する、津波から生き残った女性は、多くの遺体とともに、がれきの中に閉じ込められていたけれども、「親戚の」ワニに声をかけることで助け出されたのだと語ります。
 津波に流された被災者が救出されるまでの間に動物と対話するというエピソードは、2004年スマトラ沖地震・津波の被災地アチェでも聞かれました。アチェでは、津波に流されて孤立した被災者のもとにヘビが現れて話し相手となり、助け出されるまでの間、被災者たちの気持ちを支えたという証言が数多く残されています。
 アチェでもスラウェシでも、津波に流されて生還した人々は、しばしば、自分と共に流され、助からなかった遺体とともに、長い時間を過ごしています。話しかけた相手が本当にヘビやワニだったのか、それとも、実際には、近くにあった遺体だったのか、定かではありません。確かなのは、アチェでもスラウェシでも、ある日突然、多くの人が水や土に流されたこと、その中には、家族によって遺体を見つけてもらえないまま亡くなった方たちがいるということです。
 このように考えますと、この作品のインドネシア語のタイトル(Saya di sini, kau disana)、直訳すると「私はここに、あなたはそこに」というタイトルの意味は、単に、陸に住む人間と水に住むワニのつかず離れずの関係を示しているだけでなく、2018年の災害のせいで生き別れになった「私」と「あなた」の繋がりのことも、示しているように思います。
 私のいる「ここ」と、あなたのいる「そこ」は、離れているけれども二つあわせて一つの世界であり、直接言葉をかわさなくても互いを思いあっているという世界観を示すこの作品は、自然と人の関係だけでなく、あの日を境に、別れを告げることもできないまま離れ離れになってしまった「あなた」への思いを抱えて暮らしている、津波から5年たった現在のカイリの人々の心情を受け止めるものでもあると言えるのではないでしょうか。
 現在、パル川では、砂の採取が盛んにおこなわれ、ワニの出現も増えていると聞きます。ワニを殺した西洋人の子孫は、ワニに狙われており、ワニは子孫にとりついて相手をワニにするという形で恨みをはらすという話がありました。人がワニに襲われたり、ワニにとりつかれたりすることを、制作のみなさんはどのように受け止めているのか、ぜひうかがってみたいです。

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