しらさぎ

White Egret

タイトルしらさぎ
監督ロー・ヨクリン
撮影チー・ウェイシン
制作国マレーシア
制作年2017
VDP上映年2017 -都市生活-
上映分数23min
使用言語中国語、マレー語
字幕英語/日本語
タグジョホールバル, 先住民, 教育, 漁民, 都市計画

作品紹介

マレーシアのジョホールバルで水上生活を営む先住民セレタール人に関するドキュメンタリー。夫婦のアインとナシールを中心に、彼らが海から岸辺の村に移動したことが、ライフスタイルや生業にどのような影響を与えたかを映像で伝えている。急速な社会変化のなかで、コミュニティが柔軟性をもって対処し、不安定な未来に立ち向かう様子を描く。

ロー・ヨクリン

監督

ロー・ヨクリンはマレーシアの自主映画監督で、代替チャンネル向けの短編映画やドキュメンタリーの製作を行っている。マレーシアでドラマおよび映画産業を7年間経験した後、さらに映画学の分野を研究した。彼女は芸術メディアを通じたストーリーテリングの力に懸命に取り組んでいる。

チー・ウェイシン

撮影

チー・ウェイシンはジャーナリズムの学位を取得後、現在はマスコミュニケーションの学士号取得を目指して南方大学学院で学んでいる。新聞発行やドキュメンタリー映画制作、イベント企画といった学生プロジェクトに参加し写真
家としても働いている。彼女は映画制作とメディアを通じた物語の伝達に熱意を抱いている。

インタビュー

このドキュメンタリーを制作した理由は?
どのようないきさつからこのテーマに取り組むこととなりましたか?

今年3月、私はクアラルンプールからマレーシアのもう一つの大都市であるジョホールバルに越して来ました。職場への道中、私はいつも路傍で魚を売っている夫婦を見かけました。幹線道路のすぐ脇で、魚や海産物を売るその人達について、一体何者なのかと姉に尋ねました。姉は彼らがセレタール人という先住民族で、マサイ地区の我々の家の近くに住む人々だと答えました。私が非常に驚いたのは、この大都会に今もなお、先住民族の人々が存在するという事でした。これがきっかけとなり、幹線道路沿いの暮らしがどのようなものであるかを知る事となりました。ジョホールバルの都市部には、今でも海に依存した生活を送る人々の集団があります。これは21世紀においては類のない稀な事です。セレタール人という沿岸部の先住民族の生活様式と、ジョホールバル市での都市生活は、非常に大きな対照を成していますが、いかに技術が進歩しようとも、彼らは独自の流儀で現在に生きる事を主張しています。暮らしの中で迫害に直面していてもなお、彼らがそれに甘んじているのは、家族が共にいれば十分だからです。彼らは多くを求めませんが、唯一必要な事は、家族が傍にいて、健康で息災な暮らしを送れるという事です。この映画の目的は、ジョホールバルの都会生活における彼ら独自の生活様式を観客に紹介する事、そして彼らの気ままな暮らしを具体的に描く事にあります。本作は、決して先住民族に対する哀れみを誘うために作られたのではなく、彼らが求める生活様式とは全く異なる対照的な都市生活の諸問題を、彼らが極めて楽観的な考え方を用いて克服する様子を明かそうとしたものです。

選考委員コメント

石坂 健治

日本映画大学教授、東京国際映画祭シニア・プログラマー

ジョホールバル近郊の海辺に暮らす原住民を取材した本作は、周囲の生活様式や経済状況が変化するなかで彼らが直面する問題を掬い上げていて説得力がある。はるか向こうに高層ビルがそびえ立つ海の風景が本作のテーマを的確に示している。

山本 博之

京都大学東南アジア地域研究研究所准教授 マレーシア地域研究、メデイア研究

セレタール人は主にマレーシア南部のジョホール州に住む先住民で、マレーシアの多数派であるマレー人とは異なり、独自の生活様式を維持している。伝統的に水上生活を営み、魚介類を採って暮らしていた。近年では政策により陸上に定住する人も増えている。大都市シンガポールに隣接するジョホール州が経済開発の活況を迎え、名物の海鮮料理店が賑わう裏で、海産物を提供するセレタール人の居場所は次第に失われつつある。

専門家による解説

山本 博之

 この作品の舞台は、マレーシア南部のジョホール州の州都で、マラヤ半島の最南端に位置するジョホールバルです。ジョホールバルのさらに南には、海を挟んでシンガポールがあります。海と言っても、幅が500メートルから2キロメートル程度の海峡です。マレー語で海峡はセラテといい、マラッカ王国の時代から、この海峡一帯に住む水上民はセラテ人と呼ばれていました。それが現在ではセレタール人と呼ばれています。セレタール人は、かつては海峡の両側に、マレーシア側とシンガポール側に住んでいましたが、シンガポールの経済開発が進むにつれてマレーシア側に移住しました。そして今、ジョホールバルの経済開発が進む中で、マレーシア側でも行き場を失いつつあるというのがこの作品の背景です。マレーシア側の資料によれば、現在、セレタール人はジョホール州を中心に全国に約1000人しかおらず、その暮らしの様子を捉えたこの作品はとても貴重な映像です。
 この作品のタイトルになっている白鷺(しらさぎ)は、主に東南アジアの熱帯地域の水辺に見られ、木の上に巣を作って群れを成して棲み、カニや魚を捕えて食べます。マレーシアでは、絶滅のおそれがあるということで、保護の対象になっています。この作品は、マレーシア政府によるセレタール人の定住政策を声高に批判してはいませんが、タイトルを工夫することで、セレタール人が置かれている境遇をうまく表現しています。
 マレーシアでは、「ブミプトラ」(先住民・原住民)を優遇するブミプトラ政策が採られており、原住民であるマレー人の多くは経済発展の恩恵を享受してきました。セレタール人も先住民なのでブミプトラ政策の対象ですが、現実にはこの作品のアインとナシールの夫婦のように、経済開発から置き去りにされ、伝統的な生活の維持が難しい境遇に置かれた人たちもいます。ブミプトラ政策は実際にはマレー人優遇政策であって、マレー人以外の先住民・原住民の生活水準は低いままになっているという現実があります。
 このように、この作品は、経済開発と都市化が進む裏で、豊かな自然環境や人々の伝統的な暮らしが失われつつある様子を描いています。ただし、この作品の魅力は、セレタール人を消えゆく運命にある哀れな人々だとは描いていないところにあります。アインとナシールは、収入が安定しないとはいえ、小規模ながらも人を雇う起業家です。何よりも驚くのは、マングローブでカニを採ったり海辺で貝を養殖したりしているだけなら必要ないような、高性能で高価そうなエンジンを積んだスピードボートを持っていることです。スピードボートでどんなもの(人?)を運んでいるのかといったことを入り口として、セレタール人がこの地域の人々とどのような関係を結んでおり、地域社会でどのような役割を担っているのかといった側面も見えてくるかもしれません。そのような余韻を残した広がりのある作品です。