しらさぎ / White Egret

マレーシアのジョホールバルで水上生活を営む先住民セレタール人に関するドキュメンタリー。夫婦のアインとナシールを中心に、彼らが海から岸辺の村に移動したことが、ライフスタイルや生業にどのような影響を与えたかを映像で伝えている。急速な社会変化のなかで、コミュニティが柔軟性をもって対処し、不安定な未来に立ち向かう様子を描く。

黄昏の郷愁 / Nostalgia Senja

このドキュメンタリーは、ガンバン ・ クロモンの演奏者であるゴーヨン氏が、自らの過去の栄光について思い起こす姿を繊細に描写している。一人の男性が音楽の保存のために一生を捧げた様子を取リ上げることで、現 代インドネシアが抱える伝統芸能存続の難しさを浮き彫りにする。

ABCなんて知らない / Don’t know much about ABC

カンボジアの首都プノンペンの路上のホームレスとして生きるある父子の姿を通して、彼らが抱える困難を 映し出すドキュメンタリー。よリ良い未来を切リ開くには教育が不可欠であることを示すとともに、ローン ・ ダラが息子を育てるために日々直面する試練をたどる。

私たちのヤンゴン / Yangon, the city where we live

甚大な変化を遂げつつあるヤンゴンをユニークな視角から映し出す。和をもって生きることは生きる技である。都市の魅力は、抗しがた<誘惑的である。ヤンゴンは、農村からの移民にとって皆で暮らせば安全な砦となる。詩の朗読と、都市ヤンゴンの風景映像を織り交ぜるユニークな手法で、このドキュメンタリーは、希望や願望にあふれる都市に住む多様な人々が、心のなかで抱く葛藤や忍耐を描いている。

密告 / Timbre

ドゥテルテが政権の座について以来、フィリピンでは、政府による麻薬撲滅キャンペーンのもとで横行する毎夜の人斬りが人々を恐怖におとしめている。このドキュメンタリーは、愛する息子をこの闘いで失ったある家族が経験する苦境を描き、現在進行中のフィリピンにおける政治危機を、ある個人の視点から赤裸々に描いている。

森に生きる女たち / Women of the Forest

マレーシア、サラワク州のボルネオ熱帯雨林は、産業・土地開発のための伐採により消えつつある。カヤン人とプナン人の女性たちは、この人工的な破壊とそれに伴う気候変動の影響により危険にさらされている。気候変動についての対策が、彼女らの性と生殖に関する健康と権利をどのように守れるかを対話から模索する。

母と息子 / Mother & Son

1988年、ミャンマーの民主化運動に参加した息子をもつ1人の母親。より開かれた社会のために闘い、彼らがはらった様々な犠牲を思い出す。彼女の体験は、ミャンマーの多くの家族の苦悩を反映するとともに、政治活動が犠牲を伴うものだということを私たちに知らしめる。

60日 / 60 Days

ミャンマーの教育改革法案をめぐる学生対政府の対立のさなか、60日間の休戦期間が2014年11月17日に提示された。ミャンマーの教育の歴史において、教育改革にむけて重要な一歩となったこの運動に関わった学生たちのインタビューを含みながら探求した作品。

鉱脈 / Vein

採掘所を舞台に、ヒスイの採掘を行う労働者が直面する危険に焦点を当て、ミャンマーのあまり語られることのない現実を描く。

ミスター・ゼロ / Mr. Zero

挑発的な執筆活動のため、精神疾患の疑いをかけられた作家・翻訳家Bundit Aneeyaの物語。過去3度にわたりタイの不敬罪にあたる刑法第112条で告発されている彼の作品や人生を、深く掘り下げて紹介する。

2人のマイケル / Michael’s

タイ北部にあるミャンマーとの国境の町メーソットとウンピアム難民キャンプを舞台に、2人のマイケルに焦点を当てる。同じロヒンギャ※でありながらも、経済的な状況も育ってきた環境も異なる2人は、それぞれ生活に苦労しながらも、タイとミャンマーどちらにも属さないロヒンギャとしての自らのアイデンティティを保とうと奮闘する。(※ミャンマーのヤカイン州に住む人々の名称)

ジウおじいちゃんへ捧ぐ / Dedicated to Grandpa Dieu

ハノイ市内の騒がしい路地の小さな一角、質素な家で素朴な生活を営む祖父ジウの日常生活を描く。ジウは1960年代半ばに国連難民高等弁務官事務所でフリーランスの通訳者として働いていた野心家であり、懸命に好きな本を翻訳してきたが、その本を出版しようと試みたことは一度もなかった。

儚さ / Fragile

マレーシアのサバ州に住むインドネシア人家族の生活を、厳しい生活の中でも、歌手になるという夢を持ち続ける12歳の少女ニルワナの視点から描く。

私の足 / My Leg

ミャンマーのカヤー州では、60年以上に渡り異なる民族の武装勢力が独立を求めてミャンマー軍と戦ってきた。敵味方の区別なく、年間約100足の義足を退役軍人たちに提供している退役軍人による義足の作業場に焦点を当てる。

我が政治人生 / A Political Life

ユー・ティン・ソーは、若かりし頃にアウンサンスーチーのボディガードとして自らの青春を捧げ、政治活動に勤しんできた。長い間苦労をかけた妻と家族のために、活動から身を引くことを決断するが、それでも地元の人からの相談事は断れずに、法律相談にのってしまうのであった。

山に響くこだま / Echoes from the hill

タイ北東部、幹線道路からはるか奥地の、電気すら通らない村で暮らす “PgazK’Nyau”(素朴な人々)と呼ばれるカレン民族の村人たちに焦点をあてる。 取り巻く自然のなかで、かれらはどのように生き、何を考え、何を信じ、何を守ろうとしているのか。 Jirudikal Prasonchoomは、その繊細な手法で、かれらの信仰、世界観、調和、自然を護る方法を、映像として捉える。 これと並行して、作品では、かれらの森を国立公園にし、かれらの土地にダムを建設しようとする政府の思惑が描き出される。 映像は、周囲の自然との関係のなかで生きる人々と、地域の開発を正当化する政府の手法との対峙が生み出す緊張を描きだしている。

沈黙の夏 / The Silence of the Summer

この作品は、ベトナムにおける人間社会と環境の関係を描いた複数の物語で構成される。 町中の公園では、夏は繁殖期であるはずなのに、人々はセミや虫の鳴き声を聞くことがない。 田舎の田園地帯では、殺虫剤や除草剤が振り撒かれ、子供達はもう自然が奏でる生命の声を聞くことがない。 実験室では、昆虫学者が近い将来の絶滅を怖れてセミやコオロギなどの標本を集める。 このドキュメンタリーは、ベトナムの風景の中に起きている変化を、痛切に映し出している。

おじいちゃんの水路は永遠にふさがれた / My Grandpa’s Route has been forever blocked

監督のSupaparinya Sutthiratは観客とともに、かつては水上交易の水路として使われてきたピン川を下る船旅に出る。 スクリーンは、現在の川の様子と祖父の代にあった風景とを並べて映し出しながら、変わりゆく川べりの風景に思いをはせる。 1958年のプーミポン・ダムの建設によって、風景は大きく変わってしまった。 監督は、現代のピン川を下りながら、観るものを、過去を理解し、現代社会の問題を見据える旅に誘う。 小さなダムや水門を通り、水源からプーミポン・ダムへ次々と連なる堤防に沿って映し出される映像は、スプリット・スクリーンという革新的技術を駆使しつつ、 川の変化がもたらす衝撃を位置づけるクルージングの旅へと、観るものを連れて行く。

命を守るマングローブ / More than a Tree

ミャンマーの北西部沿岸地域のラカイン州の岸部の村落は、毎年、洪水とサイクロンの被害にさらされてきた。 Malteser InternationalとMangrove Service Networkは、 2008年から2011年にかけて、シットウェというタウンシップの二つの村に対して援助をおこない、 約10,000本のマングローブを植樹・育成し、これが現在5,000人以上の命を守っている。 海岸沿いの風景をアクセントとして挿入しつつ、この作品は、環境変化によって深刻化する災害リスクを軽減するための、 マングローブ林復元の重要性を映し出す。 とりわけ、共同体を守り助けるための環境重視の構想において、村の女性たちがいかに重要な役割を 果たしてきたかを、繊細に描き出す。

最後の世代 / The Last Generation

インドネシアの大アチェ州の沿岸村における漁業資源の減少を描く。 監督のDarang Melati Zは、漁民たちに対して丁寧なインタビューをおこない、 漁師による違法な漁業活動がもたらすグループあるいは個人への影響を明らかにする。 作品は、沿岸を破壊し、広大なサンゴ礁を死滅させ、漁獲量の激減をもたらした2014年のインド洋大地震を背景としている。 爆発漁法中の事故で両脚を失った漁師へのインタビューを通して、 地域の漁業社会が直面する厳しい現実と不安が描き出される。

カンボジア 赤線地区での暮らし / Lives under the red light

このドキュメンタリーは、プノンペンで性産業に従事する4人の生活に焦点を当てる。彼女らのほとんどは、自分の家族から追い出されプノンペンにやって来て、性産業従事に行き着いた。ここで彼女らが日々直面する差別を繊細に描き出す。性産業に従事するということは、ギャングによるレイプ被害、性暴力、ドラッグ、警察による検挙という危険と隣り合わせを意味する。このドキュメンタリーを通じて、カンボジアの現代社会における性産業従事者の日常を垣間見ることができる。

おもいやりを / Consider

テイは“ガトゥーイ”と呼ばれるトランスジェンダーの10代の少年。“ガトゥーイ”はトランスジェンダーでの女性志向、第三の性と形容されることがある。このドキュメンタリーでは、テイが通うクリスチャンスクールで、テイのトランスジェンダー性が受け入れられていく様が語られる。テイとタイの周りの人たちを見つめることにより社会で個々のジェンダーがどのように表現されているか複数の視点を描く。

タイのビルマ人 / The Burmese in Thailand

このドキュメンタリーは、ビルマから出稼ぎにきた労働者に焦点を当て、彼らの仕事と暮らしの様子を描く。ジェットというビルマ人労働者は、トム・ルアッド・ムーという店で働いている。毎日20時間働きづめのジェットの日常を映し出す。

路上にて / On the Streets

ホーチミンの賑やかな通りで生計を立てる若い3人を追う。ディエンは、アイドルを夢見て、歌い、踊り、飴を売る。ビィとティのカップルは、生活費のために路上での仕事を続けている。ストリートチルドレンとして生まれ育つ子供たちの姿も描かれる。ドキュメンタリーは観るものに問いかける、この状態に終わりはあるのだろうか、と。

パナマ・遺産 / Pamana

先祖代々の土地を失う危機にあるクエゾン地方のアグタ・ドゥマガットレモンタードという高地先住民族の物語。低地の住民による開発計画により、社会・政治面、経済面、そして環境面で高地アグタと低地の地域双方に影響が出ている。アグタの住民は、長年にわたる圧政と疎外から自分たちの権利を守るために闘ってきた。祖先から受け継いだ文化の継承者としての次世代を育てるため、自らの強い意志により、学問と文化的アイデンティティーを教える場としての学校を設立し奮闘する様子を繊細に描き出す。

雨の日に / For Rainy Day

ハノイの旧市街、多くの家族が寄り合って住んでいる一本の細い路地に、ある母親と二人の息子たち、上の息子の家族が住んでいる。失うものばかりの人生で、過酷な労働の日々を送ってきた母親だが、老年を迎えてもなお、自身の生活のために、精神障害を抱える息子のためにお茶を売り続ける。

老いゆくバンコク / Ageing Bangkok

タイにおいても高齢化は大きな問題となりつつあるが、政府は老人福祉に有効な政策をいまだ提示できていない。84歳になる老女ウードはその高齢にもかかわらずひとりで何とか暮らしていかねばならない。かつて62歳まで映画、テレビコマーシャルの女優として活動してきたウードは自立しているようではあるが、図らずもこのドキュメンタリーは彼女の抱える孤独を映し出す。

ゆりかごを求めて / Caring for the Cradle: Mangyans and Maternal Health

マニラから車とフェリーで6時間、先住民マンギャン族が暮らすミンドロ島。そこでは母親たちは危険をはらむ伝統的な方法で出産をし、現代医学の出産技術に頼るのが容易ではない現実がある。そんななかで、ある単純な発想に基づく解決策が母親たちの死亡率を下げた。

ガラス・マン / Glass Man

カウンテッは20歳の青年だが、身長は110センチ余りしかない。骨粗しょう症に苦しむカウンテッの骨はガラスのようにもろく、生まれてから40回以上も骨折を繰り返してきた。子供のころは外に出るのが怖く、自分の境遇に落ち込むばかりだったが、障がい児の特別支援学校に通い始めてカウンテッは人生への見方と考え方を変える。

ザ・クリニック / The Clinic

このドキュメンタリーは、45歳になる医者とその患者との関係を描く。主人公の医者は、ミャンマーの社会主義政権下で育ち、医師の教育をうけ、町医者として20年以上患者を診続けてきた。彼のもとにやってくる患者たちはそれぞれに問題を抱え、一方で彼も彼自身の葛藤を抱えている。主人公のジレンマに苦悩する様子に沿ってドキュメンタリーは進んでいく。